けだま

2000年9月12日 兵庫県神戸市にて生まれる。

よく喋るくせに大人しい子供だった。初めての夢は「パパにおいしい料理を作れるコックさん」だった。
幼稚園の頃はきんぴらごぼうが嫌いで、みんながお弁当を食べ終わって外で遊んでいるのを眺めながら、電気の消された部屋できんぴらごぼうのみが残されたお弁当箱と向き合っていた。その記憶しかないのだ。
小学校の頃も曖昧で思い出せない。
中学生になるとすぐに親が離婚した。「父にも母にもついて行きたくない」と言っていた。この頃、新開地音楽祭にて、キャラメルパッキングのおふたりに出逢う。歌手という生き方がこの世に存在して、生の音楽でこんなにも人の心を支えることができるのかと中学生ながらに思った。
母の再婚、義父の転勤で神戸を離れ千葉県松戸市に転校したのは中学校3年生の夏休みだった。幸いにも、個性的で優しいクラスメイトに恵まれ、親友(この子が大森靖子さんを私に布教してくれた)ができたり、好きな男の子ができたりしながら半年間の受験期を過ごした。
画面の中でさユりさんのミカヅキ出逢ったのもこの頃だった。なんとなく、本当になんとなく、音楽をやってみたいと思った。キャラメルパッキングのおふたりもさユりさんも大森靖子さんも、アコースティックギターを弾いていた。
千葉県立市川東高校に入学し、義父のおさがりのギター「轟(とどろき)ちゃん」と3、4カ月程過ごした後、御茶ノ水の楽器街で今も活動を共にしている「蠢(うごめき)ちゃん」に出逢う。高校生の頃はさすがに鮮明に覚えている。楽しい記憶と辛い記憶が複雑に絡み合っているが故、時々戻りたいと思ったり、二度とあんな思いはしたくないなと身震いをしたりする。その頃は、ろくに弾けもしないギターで路上ライブをしたり、親に隠れてYoutubeに動画をアップしたり、覚えたての自分の音楽を誰かに見つけてもらいたくてしょうがなかった。「音楽活動は高校を卒業してから」と決められていたにも関わらず、Twitterで何度も声をかけ続けてくださったピストリームさんのライブに高3の春休みに初出演。
高校を卒業してから現在にかけて、月3~5本はライブに出演させていただいている。徐々に支えてくださる人も増え、ライブの度にあの時死ななくてよかったなと思ったりする。反対に今まで殺してきた沢山の私を弔ったりする。
令和元年11月には1stミニアルバム「黒昼夢」を発売することとなった。ライブは日々の生誕祭、そしてお葬式。細かすぎるプロフィールも今アナタがここまで読んでくれて初めてこの世に生まれた意味を持つ。私もアナタの日常の隅で、何かの意味を持つ存在に成れますように。

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